明治維新や大東亜戦争後を学ぶと
今後10年が見えてくるという
話をしました。
では、この明治維新とは
一体何だったのでしょうか?
教科書を見ますと
1953年の黒船来航で江戸幕府が傾き
1967年に江戸幕府が大政奉還して
天皇陛下に権力を譲ったくらいにしか
書かれていません。
しかし、実際には
政治体制だけではなく
法律、身分制度、軍隊、地方行政
通貨、教育、服装まで
何もかも変わっています。
なぜ、こんなに何もかも
変わってしまったのでしょうか?
それはなぜかというと
薩摩長州土佐の人達が
イギリスと組んで1866年に決起し
1969年に政権を握り
日本をヨーロッパ式に変えたからです。
1963年に薩摩とイギリスは
薩英戦争で戦い
同じく1963年に長州とイギリスは
下関戦争で戦いました。
これを機に、薩摩と長州は幕府抜きで
イギリスと外交するようになり
協力して幕府打倒への道へ進むのです。
長州は1863年に、薩摩は1865年に
幕府には秘密で、長崎のグラバー商会と
その上位組織の香港の
ジャーディンマセソン商会の手引きで
イギリスに留学生を出しました。
その中には、伊藤博文や井上馨が含まれ
彼らがヨーロッパ式の
明治日本を作っていくことになります。
イギリスは、1824年にジョホール王国から
シンガポールを割譲し
1842年に中国から
香港を割譲した歴史があります。
そして、下関戦争後の1964年には
イギリスが長州にある彦島の割譲を
求めてきましたが
高杉晋作と伊藤博文が強硬に反対し
他の面で協力するということで
話をつけました。
イギリスのフロントとなった
薩摩長州は1866年に決起し
1968年69年の戊辰戦争を経て
政権を握りました。
ここで薩摩長州は
イギリスの傀儡政権だったので
社会制度から服装まで
何もかもヨーロッパ式になり
初代首相もイギリス留学した
伊藤博文となったわけです。
そんなわけで、明治日本というのは
イギリスの傀儡政権である
薩摩長州により作られた感じで
それには各地の殿様(藩主)も
逆らえなかったわけですね。
そして、この明治日本は
イギリスの宿敵ロシアを
東から攻撃するために
強化されていったわけですね。
このようにしてできた明治日本は
1902年には正式に日英同盟を締結し
1904年の日露戦争に
進んでいくことになります。
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